2012/03/27

SF




2XXX年。医療技術の発展により病死は殆どなくなり、死因は自殺と他殺の二つになった世界では「生きてれば良いことがある」という言葉が死語になっていた。そして、そんな世界になることを信じて、自らを凍結し再び生きることを望み未来に託した人たちも少なくなかった。


「もしもし、兄さん?面白いものを見つけたんです。うちに来てください。」
声の主は電話を切ると自身の大きな屋敷の地下室に向かう。薄暗く、じめじめしたそこは決して居心地の良い場所ではない。そこは今まで軽く100年は誰も足を踏み入れることなく閉ざされていたが、この館の若き主であるKはあまりにも厳重に錠をかけられたその扉が、とてつもない秘密を隠しているようでついに人を呼んで開けさせたのであった。その当時としては完璧な錠も今となっては子供のいたずら程度のもので、大した時間を要しなかった。ひとりになって、足を踏み入れた地下室にあったものは想像していた者とは全く違っていた。


「あれだけしっかりとした設備だったから、もう少し高価なものが入っていると思ったんですけどね。」
Kは家を訪ねてきた幼馴染のSにそう言うと、ちょっと待っていてくださいと言って大広間を離れる。用意されたカルチェラタンの紅茶がふんわりと香る。
「兄さん、みて下さい。」
その声に振り向いたSは、車いすに乗せられ目の前に現れた麗人に目を奪われる。それはまるでラベンダーのような強い香りを放つ人だった。
「その人は?」
「ドラキュラ伯爵です。地下室で眠っていたんですよ。ご丁寧にネームプレートまでありました。Hというそうです。」
ごくたまにこういった冷凍凍結され仮死状態の人が発見されることがある。Sも聞いてはいたが、実際に見たことはなく今回が初めてだ。だいたい未来に託そうとする人間なんて年寄りばかりだと思っていたのに、そこにいたのはSやKよりすこし年上に見える若者だった。ネームプレートと共にあった資料には仮死状態から醒める時の為にカルテと簡単なその人のプロフィールが書かれている。二十代前半で結婚して子供が出来た彼は、何故か急に自ら凍結されることを決め眠った。つまり、この人物はこの屋敷の先代当主であり、Kの先祖ということになる。
「面白いですよね。これがずっと昔のおじいちゃんだなんて。」
「そうだな。」
ふふっと微笑みながら車いすの彼の髪を撫でるKは何故か嬉しそうだ。
「それでお前、この人どうするの?仮死から醒ますこともできるだろ。」
「そうですね、出来ればこのままで居て欲しいです。」
「それってどういうこと?」
「このまま僕の人形で居て欲しいです。」
そう言って益々微笑んだKを見てSは何も言えなかった。Kの家族は彼が5歳の時にこの屋敷に押し込んできた強盗によって殺された。運良く姉とかくれんぼをしていたKだけが助かり、突然当主となったのは今から18年ほど前。昔は家族のいない寂しさを訴える度にSが慰めていた。結局は慰めでしかないそれは、Kにとって何になったのだろうと今でも考える。今ではすっかり主らしく振る舞う様になったが、中身はいつまでも5歳で止まったまま、誰かとのつながりを懸命に探しているようだった。
「僕の血の繋がった家族なんです、もうどこにも行ってほしくない。」
Hという名の男は目を閉じたまま動かない。総てを停止させてただ光を待っている。


地下室に入った時Kが見つけたものは透明な棺桶だった。古臭いデザインのそれは、確かに中にいる人物を守る盾として機能しており、ガラスケースの埃を袖で拭うとそこには白く乳白色の皮膚、整った顔つき、痩身の男。女性でないのが残念だと思いながらネームプレートを指でなぞっていると、下に封筒が落ちていることに気づいた。拾い上げ封を開ける。

“何一つ不自由のない人生を生きて、ただ一つ知ってしまった。”

そう紙に書かれた文字は滲んでいた。そうしてKは眠り続ける彼と同じ年になるのを待ってみようと思った。


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