「キスして下さい。」
こうして会って、他愛無い話をして、くすぐったい程の愛の言葉を聞いていられるのも一瞬だから、貴方のキスで私とこの夜をとめてほしい。初めてこの手に入れた優しい恋を、貴方の注ぐ愛を、全部掬い取るように。
急な言葉に躊躇したのも束の間、貴方は踏み出して、髪を撫で、顎をゆるく掴んでキスを落とす。見えない恋心や愛情は不確かだけど、こうしてそれを確かめ合う瞬間が何よりも愛おしい。
不安になるのはお互い様なのに、会えないことがもっと助長する。貴方は誰にでも優しいひとだから私だってそんなこと解ってるけど、その手に触れるのも、背中に爪痕を残すのも、綺麗な肌を白で汚すのも私だけであって欲しい。でも、本当は嫌だけど、そんな私が貴方の障害になるなら手離すこともできる。それが私の愛の感情。だから、言ってよ。さよならは貴方が言ってよ。
「何を考えてるの?」
「なんでもないです、くだらないことですよ。」
黙っていても見透かされる私の心。身体は此処にあるのにふんわり浮かぶ意識。私は蝶で夏の空を漂う。でもあの時はただ浮かんでいるだけで、自分になんの価値もなかった。あの人が見つけてくれるまでは、名付けて愛してくれるまでは。あの大きな手に捕らえられて、自由がなくなったんじゃない。一層生きることができるようになった。そうして夏のような貴方が本当の私のそばに居る。
「守ってくれますか?」
貴方は何も尋ねない。ただ強く私を抱きしめた。私の目からは涙が零れた。蝶の命は短いんです。だから放さないで。この恋をゆっくり編んで、抱き合って編んで、戸惑いだって恋の一部だから、不安も私には大切で、見詰めあいながら触れる熱でこの恋を編んでいく。
欲しいものなどなにもない。貴方以外なにも要らない。ごめんなさい、貴方を困らせて。でも眉毛を下げて苦笑いするのは、全部を否定したいということじゃないって、知ってる。
私と何処までも行けると信じていますか?私達は最後の時まで笑顔で居られるのですか?私は不安なんです。それだけが不安なんです。こうやってこの優しい恋に溺れて、苦しいままなんて嫌だから。貴方にそんな顔させたくないから、放したら楽なのかな、なんて。考えただけでも悲しい。
「いやだ、」
「ん?」
「消えないで、下さい。」
また、そっと零れた涙が長い指に掬われる。温かい体温と、柔らかい言葉が染みていく。そばに居て、そっとね、消えないで。
キスではなにも分からないなんて嘘。伝わる想いが溢れ出す。好きだから、愛しているから。貴方が私を守ってくれる。そうしてまた意識が浮かぶ。私は蝶で夏の空を漂っている。すると風が強く吹き抜けて、私を攫おうとした。でも、夏の貴方が私を見つけてくれたから、ほらこうやってそばに居る。
「愛してます。」
そういうと貴方はゆっくり微笑んだ。
BGM:Chara/Kiss
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