2013/05/26

吐いた煙を吸い込む瞬間

前と同じだと思った。
始まったかもしれないという予感と同時に
終わる瞬間を想像して傷ついた。
出会って、秘密を話して、曝け出したことを後悔して、
だからほとんどが始まりもなければ終わりもない。
全部怖くて手を伸ばすことさえない。
ただ今は前のあの子の声が聞きたくて、
私以外の誰かを選んで笑うあの子に会いたくて、
上手くやった自分を思い出して安心する為に携帯電話を握りしめる。


それが一番大きな違いで、
それが一番の障害で、
それが一番の愛情だとしてもそれが何の為になる?


2013/05/21

HELLO,SUICIDE




ベッドを置くのは壁際だと誰が決めたのだろう。窓の近くなら月の明かりで顔がよく見えるし、部屋の真ん中ならば何処からも貴方を眺められる。なのに、誰がそう決めたのだろう。それでも貴方がいつも体を横にして、右側を向くことを僕は知っている。それは常に部屋の中心を向いて、だから僕は貴方の顔を見詰めていることが出来る。

まるで死んでいるかのような貴方の顔を。

僕は、目覚めている貴方のことが好きじゃない。寧ろ、嫌い。だって貴方がその目で見るモノ、その指で触れるモノ、その舌で音を生み出して話しかけるモノ総てが憎くて、誰かが貴方を見るのも、誰かが貴方に触れるのも、誰かが貴方に話しかけるのも、総てが僕を苦しめるから。いっそ、その目を潰して、その指を切り取って、その舌を抜いて、その耳を削いでしまって、全部僕が与える感覚だけで生きていく、そうしてしまいたいと思ったりしたけれど、それは僕が好きな貴方じゃないからする気にもなれない。ただその代わりに、僕は僕だけの貴方を見つけた。

眠っている間は僕のもの。

規則正しく繰り返される呼吸と、堅く閉じた瞼。時折、何かを呟くのだけれど、何を言っているのか聴きとれない。もし、僕ではない誰かを呼んでいるのなら、本当にその真っ赤な舌を抜いてしまうかもしれない。ああでも、そうしてしまったら僕は一生貴方に名前を呼んでもらえない。そんなこと耐えられない。そうして居る間にも僕は大して高くない貴方の鼻筋を指でなぞる。薄く開いた唇に触れる。なんだか、かさついている。いつも、気をつけてと言ってるのに、僕がリップスティックを買ってあげても失くしてしまったと嘯く貴方を僕は知ってる。でもそれでいい。また僕が買ってあげる。そしたらまた失くして、貴方は僕に「ごめん」と言うはずで、僕は怒ったような顔をして、普通の十代のそれが送るような生活の一部を楽しんだ気になれる。もはや、誰かがいつも僕らを監視していて、管理していて、「普通」じゃないってことは慣れてしまったけど、慣れたことと認めることは違うから。態と学校に遅刻してみたり、コンビニで時間を潰して教師に怒られたりすることだって、自分でそうしなきゃ普通の生活を送れない僕らには楽しかったりする。

僕らは普通じゃないから。

さっき触れたかさついた唇に自分のそれを重ねてみる。これが何度目だろう。眠ってる間の貴方だからいけないことだなんて思ってないけれど、目覚めてしまえば僕だけのものじゃなくなってしまうのがちょっとこわい。それでも、掛けられた布の下に手を伸ばし、薄いTシャツ一枚の中に手を入れ触れる。触れた先の鍛えられた体が良いなんて思ったことはない。ただあるなぁ、というだけのこと。自分の手だけに集中させていた意識を貴方の顔に戻して、まだそこに僕のものを確認して先に進む。存在を確かめるように、触れていた。そのうちに居心地が悪かったのか、寝返りを打って仰向けになったのをいいことに、馬乗りになってみる。その頃には、布ははぎ取れれていて、僕はTシャツ一枚が邪魔で仕方なくなっていた。そっと首筋に頭を近づける。汗と香水の混ざった匂い。僕の大好きな匂い。噛みつく前に、べろりと舐めると反応した表情が眉を寄せていた。しょっぱくて、苦い。どうして、なんで甘くないのだろう。僕はこんなにも貴方のことが好きなのに、どうして苦いのだろう。そんなことが気になって貴方のことが見えなくなってしまいそうだったから、自分で自分の舌を噛んで苦いのは全部自分の所為だと思うことにして、そのまま軽く吸って痕を残した。これを誰が気にして、貴方はどんな言い訳をするのだろう。僕には目覚めた貴方のことは分からない。自由に僕の腕をすり抜けて何も分からなくなってしまう。いや、最初から全部分からない。いつまで僕はこんなこと続けられるのだろう。

いつまで貴方は何も気づかないふりをして眠り続けてくれるのだろう。




2013/05/08

Retrograde






あらゆるシガラミから逃れる方法がそれしかないように思えて、何度も痛めつけるような、そして実際に爪を食いこませて、肉を割いて、神経を尖らせた。何度もそうしていたから精根尽きて、気絶するように眠りこんで。おおよそ、次の日が朝早いとか、一日中働き続けるだとか、大きな移動があるだとか、そんなこと何も気にしないのはこれこそ俺たちに残された僅かな若さというものだと思う。それでもやっぱり、そうして夜を無駄にした後には代償がある。理解していたはずなのに、目覚めてしまった時の絶望には耐えがたいと、彼は言う。


ベッドを抜け出し、まだ日が昇らない夜明けの空を見つめていた彼はまたいつものように泣いていた。



「夜明けの暗さが、責めるんだ」



体をどれだけ傷つけたところで現実は何も変わらない。孤独だと感じていたから、ただ繋がったのだと言い訳できてしまう。それが怖くて、でも言い訳でもしなければ皆が何処かに行ってしまう気がして、そんな総てのことが嫌だ、と。境界が確かじゃない、今は唯一だから勘違いしているだけなのかもしれない、彼はそんなことを考えているのだろう。



「俺たちはずっと、どこまでも孤独なんだよ」



やっと出てきた言葉と共に、やっと伸ばして触れた手を強く握る。苦しさに耐えることがどれだけ強いことか彼は知らない。その強さを、彼は知らない。だから、もっと俺に教えてほしい。何故そこまで自分を責めるのか。何も見えないふりをしてしまえば何事もないように世界は変わっていくし、要はなるようにしかならない。



そうして俺は待っている、のかもしれない。何かが大きく変わって、ただ2人になった時にそれでもお互いを選ぶ瞬間を。それとも、それが違うとすれば、彼にとって一番ふさわしいのは何処で、誰なのか。今は何一つ分からなくても、待っていれば何かが現れる。それまで俺たちはどこまでも孤独で、苦しく、耐えがたいこの世界を、何事もないように笑って生きていく。それは、それこそが偶像そのものであるかのように。


END