2012/04/03

「遺書」



突然のお手紙、そしてこんな内容で申し訳ございません。
貴方とは昨日話したばかりなのに気分が悪くなられたら今すぐ破り捨てていただいて構いません。
私は此処へ来てすぐ、庭で仕事をする彼方を見て、膳を上げ下げする女中から名前を聞いて彼方を知っていました。
昨日が初めてなんて嘘をついて申し訳ございません。



私自身、此処へ来た時から自害しようということは心に決めておりました。
あの方と結婚して、南京についていき、強盗に襲われ、あの方を失ってもう私に大切なものなどございませんでしたから。
だからすぐにでも命を絶とうと思っていたのに皆様の温かい手が私を引き止め、そしてまた皆様の冷たい疑いが再び私を決意させたのです。
そうしてじいっと待っていました。
出来るだけ誰とも話さないようにしていたのも、この世に未練を残さない為です。
それでも優しくしていただいた皆様には本当に感謝しています。



決意してから二週間後、私の待っていたものはやってまいりました。
それは嬉しくもあり、悲しい証明。
月のものは私が強盗の子を孕んでいないという喜びであり、私はあの方の子をこの世に残せなかったという悲しみです。
穢れてはいないということ、何一つ私は機能出来なかったことが証明されました。
決意は成就し、私は終わろうと思います。



最後に貴方が背中の傷に触れてくれたことで、私はあの忌々しい男達を忘れ本当に浄化されていくようでした。
何故なら、彼方は本当に白く美しいから。
神の遣い子のように清らかな彼方の手に触れられたから。
本当に有難う、そうしてさようなら。






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皆川博子さんの短篇集「蝶」の「遺し文」の遺書のつもり。
私の勝手な解釈。

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