2012/02/23

避難訓練




私は百貨店で避難訓練の為に走っていた。
出口へ、多くの人が走っていた。
私がそこに居た理由、誰と居たかは分からない。
もしかしたら避難訓練をする為に居るのかもしれない。
だから私は出口に向かって大きなうねりの中で走っていた。
ふと横を見ると見知った顔がある。
たしか中学の同級生だと思う。
彼も私のことに気がついたようで数秒見詰め合った後口を開いた。

「何しているの?」

避難訓練とは答えなかった。
ただ買物とだけ伝える。

「そうなんだ。僕はさっき彼女と会ってて送ってきたら此処に。」

私もそうなんだと言った。
その間も避難訓練は続いていて二人は並走し続ける。

「これからどこに行くの?」

出口とは答えなかった。
特に決めていない旨を伝える。

「じゃあ、どこか行こうよ。」

その言葉で二人は駆けていた脚を止めた。
流れる人の波を無視して逆らって、逆方向に歩きだす。
何処に行くかは分からないので兎に角一度通った道を歩く。
卒業してから同窓の人間に一度も会ったことがない私に対して彼はまだ連絡を取り合う友達とたまに会ったりするということ、お互いの容姿が変わっていて別人のようだと言うことなど取り留めのないことを話した。
話は弾み、また以前のような友達に戻れると思った。
けれど、以前はどんな付き合いをしたか思い出せない。
彼の断片的な記憶。
明るくて、ひょうきんで、誰からも好かれる、数学の得意な男の子。
風の噂で彼の高校卒業の少し前に市議会議員であった父親が頸動脈を切って自殺したと聞いた男の子。
彼は元気だった。
こうして目の前で笑っている。

「僕君のこと好きだったよ。」

唐突に彼はそう言った。
人の波は出口に吸い込まれ、周りにはもう誰もいない。

「今も好きだよ。」

何を想ってそう言っているのか。
避難訓練に失敗したから後悔してそんなことを?

「ねぇ。」

私はやっと口を開く。

「その好きって、性的に好きってこと?」

彼は私の顔を見て微笑む。

「――――。」







ふと意識を覚ますと耳元で携帯バイブが唸り、画面には友人の名前が表示されている。
今日は18時待ち合わせという内容で電話を切って天井を見詰めると、再び目を瞑った。
夢だった。

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