2013/07/03

忠誠と情死



今まで僕は何不自由ない生活をしてきたんだ。家がね、ちょっと他とは違ってて、赤ん坊の頃からいつも周りには人が居て、転んだことさえなかった。ハサミも握ったことはないし、自転車も漕いだことがない。怪我することは許されなかった。

一度、下校中に練習していたサッカー部のボールが飛んできて、青痣を作ったここがあったのだけどその時は、当時僕を世話していた人間が次の日には居なかった。そんな僕に友達が出来るはずもなくて、だけどそれを悲しいと思うほど友人の大切さを知らなくて、ただそういう人間もいるよなってくらいに思ってた。

そんなある日、事件が起こった。僕の父親の商売敵の部下が学校に行く途中の僕を刃物で刺した。それはもう吃驚した。そんなこと今まで一度もなかったし、何より肉を断たれて血が出ることがこんなに痛いだなんて思わなかったから。傷自体は大したことが無かったのだけど、血が少なくなった所為で立っていられなくなって、痛みと失血感に興奮してた。どうしようもないくらいに気分が高ぶって気づいたら勃ってた。勿論、その時の付き人はその日のうちに居なくなってた。でも、そんなこと気にならないくらいに嬉しかった。

生きている感覚がない、っていうのは割りといろんなところで言われてるけど本当に今までの人生はそんな感じだったから。味もしないゴムみたいなものを噛み続けてるような、目の前にあるものが全部同じにみえるようなそんな風に感じて、もちろん感情らしいものは生まれてこなかった。だから、その出来事の中で知った痛みや興奮は今までにない未知の感覚で、それまでの空虚さが満たされていくようだった。

それからというもの、自分に対して折檻したり、態と高いところから転げ落ちたりしてみた。だけど、そんなのはただ痛い傷と痣、そして周りの人間が変わっていくという状況をもたらすだけであの時感じた興奮と多幸感を手にすることが出来なくて、またひとり苛立った。それが僕の性欲だと気がついたのは父親の後を継ぐと決めて、少ししてからのことだった。まぁ、なんとなくそう思っただけだけど。

裏稼業には興味はなかったけれど、初めて生きていることを感じたのがこっちの世界だったから悩むこともなく後目を継いだ。それでも苦しむのは自分より遥か下で這いつくばるようにして仕事する雑魚ばかりで、自分にはなんの危険もない。大したことない仕事だった。

仕方が無いから暇な時間に人に痛みを与えて生きている、言葉にすれば自分と同じような生活を送る人間のところにい 行ってみたけれどあんなのは糞も同然。第一、あいつらには相手を殺そうという気がない。真剣さも真面目さもなく、ただ自分が虐めている人間が苦悩するところが見たいという欲望ばかり。寧ろ、死んでしまったら苦しむ姿も見られないから、「死んで欲しくない」と思っていると言う。阿呆かと思った。ふざけてるんじゃないかと笑った。もう二度とあんなところには行かない、そう決めてる。

それからどうしようかと自分なりに色々考えて、僕が僕の欲望を叶えられる方法を遂に思いついた。




「そういうことなの」

今、君の頭の中にあるのは、痛み、苦しみ?それとも憎しみ?矛盾しているようだけど僕は僕の嫌った人間のように君には死んで欲しくないと思ってる。だって僕は君がここで助かって僕に同じような苦痛を与えようと復讐しにくるのを待ってるんだから。嗚呼、もう今からワクワクしてる。ねえ、聴こえる?心臓があり得ないくらい鳴ってる。寝ちゃだめだよ、今寝たらきっとこの世には帰ってこられなくなるから。だめだって。ねぇ、


僕は君を待ってる。だから早く会いにきて。そして、僕に君の気持ちをぶつけて。そしたら僕、もう何も要らないってくらい幸せだと思うから。死んでもいいって思える筈だから。ねぇ、お願い---










翌朝、河川敷に停められた車のトランクから左手首と右足首が切断寸前まで抉られ、全身重度の火傷を負った男性の死体が発見された。汚れた男の服の胸の辺りから男のものではない涙のように塩分を多く含んだ体液が検出された以外に、犯人の証拠らしいもの見つからなかった。


END

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