2013/10/11

ピエロの世界




いつからそうなんだ、と聞かれても当然のように生まれた時からと答える他ない。両親がいない訳でも、孤児院で育った訳でも、その孤児院で虐待された訳でも、大きな夢に破れた訳でもない。況して家がヤクザだった訳でもない。他の普通の人と同じように父親も母親も居て、なんなら一人年上に女の兄弟も居て、家庭崩壊なんてこともなくここまで生きてきた。小学校は公立だったけど、いろんな奴が居る中で先生に同級生の悪さを告げ口して生きているような子供だったし、中学では自分の位置を確かめる為にくだらない虐めをする奴らの太鼓叩きをしてきた。高校生になってからは、番長と呼ばれる奴に気に入られて、それも度を超えて何を血迷ったか襲われかけたりもしたけど、その時は他校の番長に囲われたりなんだりでそのまま卒業。経済学くらいなら興味もあったけど、学校そのものがどうでも良くなっていたから大学には行かなかった。決して頭が悪かった訳じゃないということは言っておきたい。そうしているうちに、この街に落ち着いていた。

初めのうちは学生の頃と同じようにお金を持っていて強そうな人間の周りをうろついて、そいつに取り入る為に何が必要か考えた。それまでだったら気に入った女の番号とか、バイト先の情報だとかそんな程度のものだったけど、もう少し頭を使って集めてきた情報はなにより大きな金になった。その頃、ああ、金っていいな、好きだなってことをはっきりと自覚して、その生活に拍車がかかった。それが仕事になっていった。

これが天職なんだってことは誰に言われなくても自分がよく分かってた。そのことに悩みもしなかった。嫌という程自分のことは知っていたし、寧ろそれだけが、鬱陶しかった。情報屋っていう街と人を監視し続けるような仕事をしていれば毎日飽きることはないと思っていたのに、3年もすれば総てのことに慣れてしまって、警察だってヤクザだって何も怖くなかった。そうして平凡な日常に成り下がっていた。気づいてみれば街には均衡が保たれていて、それを乱そうなんて奴はいなかった。あの時までは。

あの人は誰も信用していなかった。そうすることが怖くて、それと同時にそうすることが出来ない自分を恐れていた。ああいう自分しか信じられない人間は、自力でなんでもしていまうから情報屋なんかが持っていく話は殆ど必要としていなかった。それなのにボロボロになってあの人は目の前に現れた。そうは言っても、頼ってきたなんてことはなくて、今まで他の人にされてきたように上手く使われていただけだ。だから、こっちも貰えるものだけ貰って早々におさらばするはずだった。なのに、あの人に身を預けてしまった。そうして、飛び込んで、一部になってしまえば予想していなかったあの人の感情に触れることとなった。あの人は恐怖以外にも沢山の感情を抱えて暗い世界の真ん中に立とうとしていた。そんな風に手の内を明らかにしている人間を前にして、言いようもない想いが生まれていた。

「僕はあんたに命を預けるよ。だからさ、好きに使って」

あの人が人間を信じたいと思うように、人間に必要とされたいと願う自分がいた。今までもこれからもその一心で生きていた。そのことを周りがどう思ってようと関係ない。

一人で走って行ったあの人を見て、自然と自分も笑っていた。楽しかった、平和が壊れて力が総ての世界が現前化されていくようで。所詮、形だけの安心は何の意味もなさない。それならば必死にもがいていても離れないように首と首を結び合っている方が生きていることを感じられる。他の人間がそれを望むかどうかは分からないが、少なくとも今必要なのはそういう繋がりだった。

心が満たされていた。
ただ、しあわせだった。



0 件のコメント:

コメントを投稿