2012/09/14

双子のはなし



僕は場所があれば何処でもしますよ。各地を点々としているのも楽しいですし、一所でだらだらと生活に似たものを送るのも嫌いじゃあありません。此処へ来たのも何となくで、いつ迄居るかなんて分かりません。たまに、追い出されてしまうこともあります。僕のやっていることが少し奇異だから。魔女と言われたこともありました。何でこんなことを続けるか。ゴウでしょうか。ああ、業です。こうしていることが普通であり、他のことが出来ないとも言いますけど。可笑しいですか?

じゃあ、いつも僕に話を聴きに来るあなたに、今日は僕からとっておきの話をしましょう。嘘だというならそれ迄。僕の子供の頃の話です。





僕は、双子でした。そうして、兄と僕は物心ついた頃には見世物小屋でこうして芸を披露して居ました。そうすること以外何も知らなかったので不思議に思うこともありません。ただ、生きることに懸命でした。


兄と僕はある人に育てられていましたが、彼が僕達にとって本当はどんな存在なのかは分かりません。父親かもしれないし、兄かもしれない。尋ねようとしなかったけれど、僕らは彼が愛する対象なのだということだけは知っていました。だから、それだけで良かったのかもしれません。


彼は兄と僕を「アル」と呼びました。そうです、二人とも「アル」でした。客に見せる芸も二人の違いがなければない程奇妙に感じるものでしたから、その呼び方に困ったことはありません。たまに、彼が僕らを呼ぶ時は不便ではないのかということを聞いて来る人がいますが、その答えは「いいえ」です。彼はいつも兄だけを見ていました。だから、彼が「アル」と呼ぶ時、それは兄のことであり、僕はただの付属物に過ぎない。それが僕の幼い頃の日常です。


彼は勿論兄を可愛がりました。やっていることは同じなのに、褒められるのは兄だけ。その笑顔を向けられるのも、抱きしめられるのも、総て僕ではありません。そうして、毎晩彼の部屋に呼ばれるのも兄でした。


僕は彼の部屋に入ったことがありません。覗いただけで背中を打たれ、痕が残ります。多分、僕は彼に必要とされたことがなかったのです。彼が待つ部屋に兄が入っていくと、いつもその部屋の前には香の薫りが漂ってきます。それは脳味噌まで溶かされてしまいそうな、そんな毒々しい薫りでした。それを胸いっぱいに吸い込んだらきっと窒息してしまうに違いありません。きっとずぶずぶと溺れてしまいます。それでも兄はその中に入って行きました。

暫くすると引っ切り無しに聞こえてくる音はきっと兄の声だったのでしょう。それは甘く、時に刺々しく僕の耳に突き刺さり、僕の身体もずくりと重くさせます。嗜めるようなそれでいて優しい彼の声は、どんなに求めても僕には与えられることのないものでした。正直に言います。僕は兄が羨ましかった。彼に愛される兄がいっそ殺してしまいたい程羨ましかったんです。


そうしてある日、兄は見せつける様に彼に与えられたネックレスを身につけて部屋から出てきました。きらきらと光るそれが僕をどれだけ苦しめたか、想像に難くないでしょう。いつも兄は僕に何も言いません。ただ優越を含んだ微笑みを浮かべて僕を見詰めるだけです。その頃から彼が居ては僕は一生劣等感から抜け出せないのだと思うようになりました。


それは、空が真っ暗な夜でした。夜中にふと起きてみると、隣に居る筈の兄が居ません。不思議に思って小屋の中にある粗末な作りの舞台まで行ってみると、そこには箱の中に体を曲げ入れる芸に取り組む兄が居ました。その瞬間、兄は彼に褒められる為、部屋に呼ばれる為に練習をしているのかという考えが僕の頭に巡り、その浅ましさに兄を軽蔑しました。もはや羨ましさなどはなく、兄の様になるのだけは嫌だという思いに駆られました。「ああ、嫌だ」と引き返そうとすると、ばたんと兄が居る箱の蓋が下り、鍵の部分が落ちた状態になって、内側からでは箱が開かないようにないっているのです。このままではいけないと箱に駆け寄ると中で呻く兄も僕に気がついたらしく、「はやく開けろ!愚図!」という声が聞こえます。そうです、僕は愚図でした。上手くすれば兄も僕も同時に彼に可愛がってもらえた筈なのに、そうならなかったのは僕が愚図だから。そして今、箱に鍵をかけて小屋に火をつけたのも僕が愚図だからです。本当に僕はどうしようもない人間でした。


暫くそうして僕が小屋の中で燃え盛る火を見詰めていると、そこに彼が飛び込んで来ました。僕を一瞥した彼は箱の中にいるのか兄だと確信し、羽織って居たコートで必死に火を消そうとしています。自分が中にいたら彼はどうしただろうと考えると笑いがこみ上げます。大声で笑う僕の声が響いていました。


火は消されました。想像よりも小屋自体は燃えることはなく、兄の入った箱だけが焦げ爛れて真っ黒です。そんなもの開かなければいいものを、彼はゆっくりと箱に手をのばしました。それ程までに彼が兄を慕う気持ちは僕にはわかりません。生きてもいないものはもはやただの物です。肉の焦げた臭い、それは牛や豚とは違う、確かに人間の焼けた臭いが部屋に広がりました。臭くて臭くて仕方がないのに、彼はその物体を抱くと獣の様に泣いていました。


僕は、ただ愛されたかっただけなのに。兄が居なくなれば僕が「アル」として愛される筈だったのに、総ては可笑しくなってしまった。再び燃やされた見世物小屋の中には兄だった物と彼だけが居ました。最後の最後まで僕は拒絶され、一緒に灰になることも許されなかった。小屋があった空き地に燃える火を僕は憎みました。苦しみだけを置き去りにしたあの火を只管に。





というのが僕の子供の頃の話です。あまり人には言わないんですけど、言うと大体笑われるか、馬鹿にするなと罵られます。若しくは「火が嫌いだ」と言ったじゃないかと、火を飲む芸を見せる僕を非難する人も居ます。そんなことを言われてもどうすることも出来ないのに、皆ちゃんと信じてくれてるんですね。


この話が真実なのか?さあ、どうでしょう。本当、かもしれませんよ。





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