音が聴こえない。誰も居ない訳ではないのに、呼吸の音さえ聴こえない。体温を感じているのに音だけが聴こえない。
「どうしたの」
肺を汚されるように立ちこめる煙は何故今になって気になるのだろう。自分がそう望んだんじゃないか。そうしたいと思ってたんじゃないか。ここでこうしていることも。掌を白く汚すことも。総て。
一度めちゃくちゃになってしまってから、時折思い浮かべる。どうしてこんなことになってしまったのか。厳しく突き落とされるのにも慣れた筈なのに。あの時に気がついた現実は今も変わらない。苦しいのは敵が多いからじゃなく、俺に味方が居なかったから。一人の方が楽だった。
「近くにいるのに見えない時もあるんだ」
一人で居たほうが楽だったのに、いつの間にかこんな場所にいて、味方と言うには非力な人間はいつも隣に居る。急速に冷えた体を近づけて、少しでも感覚を尖らせる。また、何も聴こえなくなる。
「聴こえない」
「何が?」
「何も」
すると、急に相手が馬乗りになって俺に何か伝えようとする。聴こえない、見えないと投げ出してしまった俺に。
「ちゃんと見て、僕はここに居る。誰もお前を見てなくたって、僕がお前を見ている」
泣いていた。それまで溢れだす様子すらなかったのに。歪んだ世界の中にあいつが居て、あいつの声が聴こえていた。
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