2012/05/25

cut in piece



深い眠気に体を任せストンと沈んでいったのは空が白み始めた頃。上体を開いて上を見つめた時に目に入ったのは白い空に浮かぶ月だった。それから暫くして身体の表面が冷えているのに気づいて目を覚ますと誰かの手が身体を這っている。

「ん、どうしたの?」
「起こしていましましたよね、すいません」
「別にいいけど、寝ないと明日持たないよ」
「なんか眠れなくて」

昨晩は久しく触れていなかったということもあって少し無理をさせてしまったかと思う程に求めたのに、やはり若いんだななんて思っては笑ってしまう。

「なんですか?」
「なんでもないよ。で、何してるの?」

そう聞いたのはその人の手にボールペンが握られ、熱心に脚の付け根辺りをその手が触れていたから。気にならない筈がなかった。覚醒し始めた頭でその目で状況を確認すると自らの左右の手首には何やら黒く模様が描かれている。

「切り取り線を描いているんです」
「切り取り線?」

そう聞き返すのと同時にもう一度自分の左手首に目をやれば黒い模様だと思っていたものは黒い点線とCUT HEREの文字だった。右手を見ても同じこと。ぐるりと点線が一周している。それが両手首、腕の付け根、腰、そして今は脚の付け根ということらしい。

「首にも描いてありますよ。全然気がつかないから」
「何で?」
「理由?」
「じゃあ動機」
「......あなたを自分のものにするにはどうしたらいいか考えたんです。剥製にしたり、ホルマリンに漬けたり色々考えたんですけど、やっぱり大きかったら運べないなって。だからまず切らなきゃって」
「どうせなら綺麗に保存してよ」
「そう思ったんですけど、誰かに見つかったら手に入らないかもしれないから」
「そう」
「はい」
「でも、まだ俺は生きてたいよ」
「そうですよね」

その人はそう肯定しながらも点線を打つのをやめない。次第にくすぐったくなってきて脚元の頭を、その髪を掴み上に引き上げた。柔く掴んでいてもこれが自分のものでないとこんなふうに粗暴には扱えない。それだけで分かってくれればいいのに。

「もう充分でしょ?」
「でも、でも」
「でも?」
「証拠がない」
「そうだね」
「だから」
「いいよ」
「うん」

いくら言葉を合わせても、伝わらないから総てを肯定してあげたいのだけれど、それでもその人に触れる媒介であるこの身体は大切で。その我儘を読み取る人は証拠を与えられないことが手に入らない証拠だと信じている。そうだけれど、そうじゃないのに。こんな時に出て来るのはやっぱり拙い言葉だけ。

「お風呂入ろうか」
「お風呂?」
「温まればゆっくり眠れるよ」
「...はい」
「そしたらさ、ちゃんとこの切り取り線消してね」
「......はい」

再び抱きしめるとその人はすっぽりの腕の中に収まって彼の胸に顔を埋める。想像よりも小さいその存在を強く感じ、彼はそのまま引き寄せたその人の額にキスを落とした。


rest in peace briefly

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