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2013/12/16

DREAM


わたしは、程々ずるかった。

だから、最後の瞬間は抵抗したり、無駄な弁解もせずその場に立っていた。そうして、目の前で殺気立つ人間ではなく、その向こう、本当は居るはずもない人を見ていた。その人はわたしにとって唯一の人だと今は思っているけれど、もしこんなことが起きずに、ただ平穏に暮らしていたら、一年ともたずに別れているかもしれない。それでも、今、わたしにはあの人しかいない。そう思える。

走って行った人間のことを考える。とてもなだらかな付き合いだった。お互いを知って「すきだ」と言い、いつも笑って過ごしていた。あまりにも普通過ぎて、気に留めない程だった。だから、あの人が現れて、自然とそちらに気が向いて、そうなってから、何も伝えなかったのも、況して謝らなかったのも、わたしの中ではとても取り留めのないことだった。ただ、不幸せそうだなどと無責任にも考えていた。でも、それだけだった。そうしてこうなった。

嗚呼、なんでわたしは好きになったのだろう。あの人の記憶が思い出せない。なにも、かもが、ない。

2013/10/29

嘘の国


 ずっと、あの遠い星が故郷だと思っていた。だから、あの場所に戻って行くのは自然なことだと。いつの間にか、この世界に慣れてきて、昔の記憶が薄れてしまうようになって、言葉も忘れてしまったけど、それでもずっと、あの星が私の始まりだと思っていた。
 それに、物心ついた時には霊魂が漂っているのも、悪意が人々の間を漂うのも全部見えていた。見たくなくても、視界に入っていた。なのに、それは世界の殆どの人の目には届かなくて、怖かった。

この世の何もかもが嘘のように思えた。


2013/10/16

『ゴシックスピリット』 高原英理




物心ついた頃から怪奇なもの怖いもの暗がりにあるものが気になって仕方なかった。夜とか墓場とかお化けとか怪談とか、そうした想像が興味の大半を占めていた。

集団生活と共同作業が苦手だった。幸い今のところ徴兵制はないからよいが軍隊に入れられたら耐えられないだろうとよく考える。

平穏が続くというのが信じられない。いつも死のイメージばかり考えていた。

死は膜一枚で隔てられているだけと思っていた。今もそう思っている。

ダークな感じ、陰惨なもの、残酷な物語・絵・写真を好む。

ホラーノヴェルもホラー映画も好きだ。

時代遅れと言われても耽美主義である。いつもサイボーグを夢見ている。肉体の束縛を超えたい。
両性具有、天使、悪魔、等、多くは西洋由来の神秘なイメージを愛する。

金もないのに贅沢好み。少女趣味。猟奇趣味。廃墟好き。退廃趣味。だが逆の無垢なものにも惹かれる。

情緒でもたれあう関係を嫌う。はにかみのない意識を嫌う。顔を合わせれば愚痴を言い合い、ハードルをより低くして何でも共有してしまおうとする関係を見るたび、決して加わりたくないと思えてしまう。自らの個の脆弱さは身に滲みて知っているつもりだが、だからこそ、最初から最低レヴェルで弱さを見せ合い嘆き合おうという志の低さが気に入らない。

欲望そのものはよいとしても野卑で凡庸な欲望の発露を厭う。主に性に関する場合が多いのだが、「不倫」だの「結婚願望」だの「恋の駆け引き」だのといった予断に満ちた語は性の形をひたすらありきたりに陰影なく規格化していて腹立たしい。いくらでも異様な発露を見せうるはずのことを常に決まりきった形で安く語る言葉が嫌悪されてならない。

自信満々の人が厭だ。弱者だからと居直る人も厭だ。「それが当たり前なんだから皆に合わせておけ」と言われると怒る。はじめから正統とされているものにはなんとなく疑いを感じる。現状の制度というのが決定的な場面では自分の味方でないように思える。いつも孤立無援の気がする。

気弱のくせに高慢。社会にあるどんな役割も自分には相応しくない気がする。

毎朝、起きると、また自分だ、と厭になる。自分ではないものに変身したい。それは夜に生きる魔物であればよい。

そこに善悪は問題でない。美しく残酷なこと。きりきりと鋭く、眠るように甘いもの。ときにパンク、ときにシュルレアリスティック、またときに崇高な、暗い魅惑に輝くそれがゴシックの世界であると私は信じている。



2013/10/11

ピエロの世界




いつからそうなんだ、と聞かれても当然のように生まれた時からと答える他ない。両親がいない訳でも、孤児院で育った訳でも、その孤児院で虐待された訳でも、大きな夢に破れた訳でもない。況して家がヤクザだった訳でもない。他の普通の人と同じように父親も母親も居て、なんなら一人年上に女の兄弟も居て、家庭崩壊なんてこともなくここまで生きてきた。小学校は公立だったけど、いろんな奴が居る中で先生に同級生の悪さを告げ口して生きているような子供だったし、中学では自分の位置を確かめる為にくだらない虐めをする奴らの太鼓叩きをしてきた。高校生になってからは、番長と呼ばれる奴に気に入られて、それも度を超えて何を血迷ったか襲われかけたりもしたけど、その時は他校の番長に囲われたりなんだりでそのまま卒業。経済学くらいなら興味もあったけど、学校そのものがどうでも良くなっていたから大学には行かなかった。決して頭が悪かった訳じゃないということは言っておきたい。そうしているうちに、この街に落ち着いていた。

初めのうちは学生の頃と同じようにお金を持っていて強そうな人間の周りをうろついて、そいつに取り入る為に何が必要か考えた。それまでだったら気に入った女の番号とか、バイト先の情報だとかそんな程度のものだったけど、もう少し頭を使って集めてきた情報はなにより大きな金になった。その頃、ああ、金っていいな、好きだなってことをはっきりと自覚して、その生活に拍車がかかった。それが仕事になっていった。

これが天職なんだってことは誰に言われなくても自分がよく分かってた。そのことに悩みもしなかった。嫌という程自分のことは知っていたし、寧ろそれだけが、鬱陶しかった。情報屋っていう街と人を監視し続けるような仕事をしていれば毎日飽きることはないと思っていたのに、3年もすれば総てのことに慣れてしまって、警察だってヤクザだって何も怖くなかった。そうして平凡な日常に成り下がっていた。気づいてみれば街には均衡が保たれていて、それを乱そうなんて奴はいなかった。あの時までは。

あの人は誰も信用していなかった。そうすることが怖くて、それと同時にそうすることが出来ない自分を恐れていた。ああいう自分しか信じられない人間は、自力でなんでもしていまうから情報屋なんかが持っていく話は殆ど必要としていなかった。それなのにボロボロになってあの人は目の前に現れた。そうは言っても、頼ってきたなんてことはなくて、今まで他の人にされてきたように上手く使われていただけだ。だから、こっちも貰えるものだけ貰って早々におさらばするはずだった。なのに、あの人に身を預けてしまった。そうして、飛び込んで、一部になってしまえば予想していなかったあの人の感情に触れることとなった。あの人は恐怖以外にも沢山の感情を抱えて暗い世界の真ん中に立とうとしていた。そんな風に手の内を明らかにしている人間を前にして、言いようもない想いが生まれていた。

「僕はあんたに命を預けるよ。だからさ、好きに使って」

あの人が人間を信じたいと思うように、人間に必要とされたいと願う自分がいた。今までもこれからもその一心で生きていた。そのことを周りがどう思ってようと関係ない。

一人で走って行ったあの人を見て、自然と自分も笑っていた。楽しかった、平和が壊れて力が総ての世界が現前化されていくようで。所詮、形だけの安心は何の意味もなさない。それならば必死にもがいていても離れないように首と首を結び合っている方が生きていることを感じられる。他の人間がそれを望むかどうかは分からないが、少なくとも今必要なのはそういう繋がりだった。

心が満たされていた。
ただ、しあわせだった。



2013/08/29

twins - suicide - reborn



苦しかった、単純に。
息をしようとも何も取り込めず、結局吐き出し続けていた。僕が鏡のようなお前を見る時、なんで鏡じゃないんだろうと思った。何度も何度も思った。でも、どうしようもなかった。仕方がなかった。僕は苦しいままでお前は笑っていて、僕は泣いていてお前は僕を蔑んだ。同じ時にこの世界に落っこちてきて、不幸だったと一緒に嘆くこともしないでお前は他の誰かと同じように「普通」を生きていた。何故、僕は、何故、お前は生きているのだろう。元々一つだった細胞が神様の勝手で二つに分けられて、今じゃこの有様だ。今日は何かが変わる。生まれた時みたいに総てが終わって、総てが始まると思えば思うほど息がしにくくなって、記憶が白くぼやけてくる。本当は何もなかったんじゃないか、僕はお前の影なんじゃないかって思ったところでそんなことなくて、やっぱり苦しかった。

ずっと前、僕が生まれたあの日。そんな日のことは覚えてすらない。そして今日、何回目かの記念日なのに、それは僕のものではない。僕は生きる影で、僕に送られる「おめでとう」はお前のものになる。そうして返された「ありがとう」も僕の口からは出てこなくて、代わりに僕は飲み込んだものを吐きだした。僕の周りは汚れて、貰ったプレゼントは落ちて破片が散らばっている。僕の記念日。僕の始まった日であり、僕が後悔し始めた日は、お前にとっては最高の日なんだろう。

でも、今日は僕の記念日。今まで苦しんで泣いても生き続けた僕の記念日。僕は僕に「おめでとう」と「ありがとう」を送る日だから、お前はこの中で待っていて。

嫌いなはずない。そんな風に考えたことは一度もなかった。ただちょっと羨ましくて、ただちょっと悲しかった。僕はお前で、お前は僕なのに思ったようにいかなくて。気付いてほしいのに見てもくれなくて。どんなに足掻いても一人だった。

聴いてる?僕の話。
大丈夫、僕はここに居るよ。だから寂しくないし、悲しくもない筈だよ。苦しいなんて嘘。一度僕も入ってみたから。その中に居ると、覚えてない筈のお腹の中を思い出して落ちついた。だってこの世に出てくる前の短く穏やかな日々だからね。その中でゆっくり目を閉じると、麻の織りの少しだけ荒いところから光が入って来て気持ちが良いんだ。大丈夫、こわくないよ。僕がここに居るからね。

叫んでいる声は僕にはとても意味がなくて、騒音と溶け込んでいくように感じる。そうだ、僕の一番嫌いな言葉はね「おめでとう」なんだよ。理由はなんとなく歯痒いからだと思ってる。うん、たぶんね。誰にも言われたことないけど。

大丈夫、こわくないよ。僕がここに居る。
ああ、そうだおめでとう。今日はお前の誕生日だよ。だから僕にも言って、「おめでとう」って。そうしたら僕も「ありがとう」って言える。おめでとうありがとう。僕ももう大丈夫。僕の始まった日と僕自身を記念する日に初めて意味があるものになる。

明日の朝目覚めたら、きっと僕は笑っている。息を大きく吸い込んで総てのことに感謝する。分かるんだ、そんな些細なことが。他の人にとって、そしてお前にとってちっぽけなことが僕に出来るようになる。なんて簡単なんだって手放しで喜んで、お前のことも大切にする。

でも、きっとすぐ思い出す。僕らは不幸な世界に落っこちてきたことを。

大丈夫、こわくないよ。僕がずっとここに居るから。





2013/07/29

Cleansing Cream






白を見ていると無性に塗り潰したくなる。僕の心は黒いのだろうか。

部屋に入ると振動に気がついた君が歩いて来た。それを僕は抱きしめはしない。何故なら今日はもう少しだけ必要とされる人間でいたいから。だから、テーブルやソファ、ローテーブルに体をぶつけながら手探りでやってくる君を僕はするりとかわしながら見詰める。まるで、暗闇の中でピアノの音だけを聞きながら踊っているみたいだ。けれど実際は、蛍光灯は煌々と明かりを放っているし、TVだって付けられていた。僕が、付けたまま部屋を出たから。なのに、君は気がづかない。気が付きもせずに、ひとり闇の中で踊っている。

君が探している人を僕は知っている。明るく笑って、煩いくらいに他の人を愛する人。そうして、この踊り子を一番愛した人。僕は彼を知っている。彼がどうなったかを知っている。だから、この部屋に簡単に侵入して、今日も君が舞い続ける様子を見ることが出来る。僕は、とても狡い人間だ。

「あっあ」

元々は全部の感覚がちゃんと備わって、自由に世界と通じ合えていたというから「なにか」発することは出来るのかもしれない。でも、無口な性格なのか一度も言葉を聞いたことはない。もしかしたら、これは君と彼の間でだけ交わされる言語なのか。そうだと思ったら、咄嗟にカウンターにあったカップを握って床に叩きつけていた。それをきっかけにして、君がこちらに足を擦って来るから踏みつけられた欠片が君の裸足の足を傷つける。全部、僕が悪いのだ。しても仕方がない嫉妬をして、カップを無駄にして、君を傷つけた。それでも、君から逃げ続けるのは、欺瞞で優しさだ。触れてしまえば感覚を尖らせた君に総て明らかになってしまう。一方で、そうならないまま探し続ける間は君にとっても幸せだろう。だって、本当ならば、そんな追いかけっこさえ出来ない筈なのだから。

血が床に塗り広げられる。赤く、なっていく。そうじゃない。そうなって欲しいなんて望んではいなかった。僕は白い君に黒くなって欲しかった。黒く塗り潰して、息が出来なくなるまで。そうすれば気がつくかもしれない。この世界にはもう、君を救ってくれる人はいないのだと。彼はもう、いないのだと。

痛みに耐えながら、それでも居ない影を追い続ける君は愚かだと思った。否、それよりも影以下になり下がって見詰めることしかしない僕は何なのだろう。やっとのことで存在だけで浴室まで連れてくると僕は息を大きく一つ吸い込んだ。少し捻ると水が降り注がれる。雨のような空気の振動を感じただろうか。微かに身を引いたのを僕は見逃さない。強く腕を引いて、水に当てると君は呻いた。それはまた、僕には分からない言語。彼と君のふたりだけの言葉。虫唾が走る。ここには彼はいない。僕が居る。僕が彼の代わりなのではない。僕が彼をこの場所から引き擦り降ろしたのだから。

君の手を取って顔に触れさせて、僕を覚えさせる。そんなことが出来ない。それでも君は彼を探してずぶ濡れになりながら僕の腕をすり抜けよう体を捩るし、またあの言葉を発する。僕には何も分からないんだよ。君のことをこんなにも考えているのに何も分からないんだ。水が君に執着する僕の気持ちをますます綺麗に洗い流している。僕と同じ、黒に染めたいのに君はどんどん白くなっていく。その瞬間、君の体を押すと待ち受けていたような浴槽が、そしてその中の水が君を包んだ。また、暗闇の中で踊るように腕を彷徨わせる。思わず手を差し伸べるとそれさえ跳ね除ける。

「どうして、どうして分からないんだ」

声を張り上げたところで、君には伝わらない。どんな顔で訴えても君には伝わらない。いっそ、浴槽に沈めて酸素を求めるように僕に縋りつけばいい。なのに、それさえ君はしようとしない。ただ、ここには居ない人だけ探して助けを求める。

一気に気が抜けて、浴室にへたり込んだ僕の前には浴槽と肺に水が入ってもなお、僕を見ようとしない君が居る。こんなに、こんなに、

「       」

はっきりと聞こえた僕にも分かる言葉。一番聞きたくなかったその名前。





僕の心はこんなにも黒くなっていくのに、君は白いまま。
この世界に彼は居ないのに、君の心の中には彼が居る。




END


BGM : Brown Eyed Girls-Cleansing Cream 


2013/07/12

Violent Dreams




顔を上げると台形に切り取られた視界の中では遠くの方に小さく車をとらえていた。


その間も硬い手に腰を掴まれ、体が下の肢の間を中心に揺さぶられる。そうしようと思わなくても、寧ろそうしたくなくても口から喘ぎ出る音が何故だか自分自身の耳には届かず、聞こえるはずもない迫りくる車のエンジン音だけが頭の中に響いている。あの車の中には人が居る。二人の男。おそらく、人を追いかけ捕まえて悦に入るそんな仕事を公にしている人間だ。


あ、目が合った。


一度、後ろの人間に大きく体を打ちつけられて、背中が、そしてその中の背骨が仰け反ると自分が今乗っている狭い車内の天井が見えた。そこにあるのは粗末な照明灯。使われていなければ、ただのプラスチックの飾りであるようだ。その玩具みたいなものを確認した瞬間、大きく爆発する音が聞こえた。その一方、後ろで大きく息を吐き、唸る男は一度解放されたのに、まだ腰を離さず、次の準備をするかのように息を整えている。


再び、台形の世界を見ると車が燃えていた。


赤い炎と、黒い煙を吐きだしながら車が崩れ落ちている。中に居た人間はどうなったのだろう。慌てて逃げたのだろうか。そんな時間もないまま一緒に燃えてしまっているのだろうか。わからない。ただ、また揺れ始めた視界が涙の所為で更に不明瞭になっていくことを感じる。苦しい。押し潰される内臓も、目に映る光景も、総てが自分自身を責めてくる。もしかしたら、あの2人はここから救い出してくれるはずだった人間かもしれない。なのに、そんな事とは知らずに、ここで嬌声をあげていた自分が馬鹿みたいだ。


嗚呼、早く終わってほしい。


後ろから声もかけず只管動き続ける人のことを知っているようで思い出せずにいる。こんな風にこんなところでこんなことをされているの相手なのに、振り返っても顔の部分だけ影が落ち、黒く塗られて何も見えない。腰を掴んでいた手がいつの間にかその下の肉を撫で、前に伸びた。それからはくだらない一連の動きが続き、結局最後には自身も爆ぜた。


残響が耳に残っている。


車の爆発音と重なって、頭の中でハウリングが起きる。芯がぐらつき、力を失った腕が折れた。車のシートの皮に頬を擦り付けて少しだけ上がった体温を冷ます。右の頬だけ無機物になってしまう。そんな風に錯覚した。


目を瞑ると違う光景が見えてくる。


真夜中、裸で枕元の壁を撫で回している。冷んやりとして気分が良い。けれど、次第に自分の熱で温くなっていく、その筈なのにいつまでもその温度は変わらず、まるで望んだ通りだ。


不意に夢だとわかった。


ただ、自分が見たどちらの光景が夢なのか、判断がつかないというよりは、決めてしまうことが恐ろしい。現実はあまりにも夢のようで、夢は悉く現実的だ。直観する真実を前に、また目を瞑った。



次に見るのはどちら世界なのだろう。



BGM: Crystal Castles - Violent Dreams

2013/05/26

吐いた煙を吸い込む瞬間

前と同じだと思った。
始まったかもしれないという予感と同時に
終わる瞬間を想像して傷ついた。
出会って、秘密を話して、曝け出したことを後悔して、
だからほとんどが始まりもなければ終わりもない。
全部怖くて手を伸ばすことさえない。
ただ今は前のあの子の声が聞きたくて、
私以外の誰かを選んで笑うあの子に会いたくて、
上手くやった自分を思い出して安心する為に携帯電話を握りしめる。


それが一番大きな違いで、
それが一番の障害で、
それが一番の愛情だとしてもそれが何の為になる?


2013/05/21

HELLO,SUICIDE




ベッドを置くのは壁際だと誰が決めたのだろう。窓の近くなら月の明かりで顔がよく見えるし、部屋の真ん中ならば何処からも貴方を眺められる。なのに、誰がそう決めたのだろう。それでも貴方がいつも体を横にして、右側を向くことを僕は知っている。それは常に部屋の中心を向いて、だから僕は貴方の顔を見詰めていることが出来る。

まるで死んでいるかのような貴方の顔を。

僕は、目覚めている貴方のことが好きじゃない。寧ろ、嫌い。だって貴方がその目で見るモノ、その指で触れるモノ、その舌で音を生み出して話しかけるモノ総てが憎くて、誰かが貴方を見るのも、誰かが貴方に触れるのも、誰かが貴方に話しかけるのも、総てが僕を苦しめるから。いっそ、その目を潰して、その指を切り取って、その舌を抜いて、その耳を削いでしまって、全部僕が与える感覚だけで生きていく、そうしてしまいたいと思ったりしたけれど、それは僕が好きな貴方じゃないからする気にもなれない。ただその代わりに、僕は僕だけの貴方を見つけた。

眠っている間は僕のもの。

規則正しく繰り返される呼吸と、堅く閉じた瞼。時折、何かを呟くのだけれど、何を言っているのか聴きとれない。もし、僕ではない誰かを呼んでいるのなら、本当にその真っ赤な舌を抜いてしまうかもしれない。ああでも、そうしてしまったら僕は一生貴方に名前を呼んでもらえない。そんなこと耐えられない。そうして居る間にも僕は大して高くない貴方の鼻筋を指でなぞる。薄く開いた唇に触れる。なんだか、かさついている。いつも、気をつけてと言ってるのに、僕がリップスティックを買ってあげても失くしてしまったと嘯く貴方を僕は知ってる。でもそれでいい。また僕が買ってあげる。そしたらまた失くして、貴方は僕に「ごめん」と言うはずで、僕は怒ったような顔をして、普通の十代のそれが送るような生活の一部を楽しんだ気になれる。もはや、誰かがいつも僕らを監視していて、管理していて、「普通」じゃないってことは慣れてしまったけど、慣れたことと認めることは違うから。態と学校に遅刻してみたり、コンビニで時間を潰して教師に怒られたりすることだって、自分でそうしなきゃ普通の生活を送れない僕らには楽しかったりする。

僕らは普通じゃないから。

さっき触れたかさついた唇に自分のそれを重ねてみる。これが何度目だろう。眠ってる間の貴方だからいけないことだなんて思ってないけれど、目覚めてしまえば僕だけのものじゃなくなってしまうのがちょっとこわい。それでも、掛けられた布の下に手を伸ばし、薄いTシャツ一枚の中に手を入れ触れる。触れた先の鍛えられた体が良いなんて思ったことはない。ただあるなぁ、というだけのこと。自分の手だけに集中させていた意識を貴方の顔に戻して、まだそこに僕のものを確認して先に進む。存在を確かめるように、触れていた。そのうちに居心地が悪かったのか、寝返りを打って仰向けになったのをいいことに、馬乗りになってみる。その頃には、布ははぎ取れれていて、僕はTシャツ一枚が邪魔で仕方なくなっていた。そっと首筋に頭を近づける。汗と香水の混ざった匂い。僕の大好きな匂い。噛みつく前に、べろりと舐めると反応した表情が眉を寄せていた。しょっぱくて、苦い。どうして、なんで甘くないのだろう。僕はこんなにも貴方のことが好きなのに、どうして苦いのだろう。そんなことが気になって貴方のことが見えなくなってしまいそうだったから、自分で自分の舌を噛んで苦いのは全部自分の所為だと思うことにして、そのまま軽く吸って痕を残した。これを誰が気にして、貴方はどんな言い訳をするのだろう。僕には目覚めた貴方のことは分からない。自由に僕の腕をすり抜けて何も分からなくなってしまう。いや、最初から全部分からない。いつまで僕はこんなこと続けられるのだろう。

いつまで貴方は何も気づかないふりをして眠り続けてくれるのだろう。




2013/05/08

Retrograde






あらゆるシガラミから逃れる方法がそれしかないように思えて、何度も痛めつけるような、そして実際に爪を食いこませて、肉を割いて、神経を尖らせた。何度もそうしていたから精根尽きて、気絶するように眠りこんで。おおよそ、次の日が朝早いとか、一日中働き続けるだとか、大きな移動があるだとか、そんなこと何も気にしないのはこれこそ俺たちに残された僅かな若さというものだと思う。それでもやっぱり、そうして夜を無駄にした後には代償がある。理解していたはずなのに、目覚めてしまった時の絶望には耐えがたいと、彼は言う。


ベッドを抜け出し、まだ日が昇らない夜明けの空を見つめていた彼はまたいつものように泣いていた。



「夜明けの暗さが、責めるんだ」



体をどれだけ傷つけたところで現実は何も変わらない。孤独だと感じていたから、ただ繋がったのだと言い訳できてしまう。それが怖くて、でも言い訳でもしなければ皆が何処かに行ってしまう気がして、そんな総てのことが嫌だ、と。境界が確かじゃない、今は唯一だから勘違いしているだけなのかもしれない、彼はそんなことを考えているのだろう。



「俺たちはずっと、どこまでも孤独なんだよ」



やっと出てきた言葉と共に、やっと伸ばして触れた手を強く握る。苦しさに耐えることがどれだけ強いことか彼は知らない。その強さを、彼は知らない。だから、もっと俺に教えてほしい。何故そこまで自分を責めるのか。何も見えないふりをしてしまえば何事もないように世界は変わっていくし、要はなるようにしかならない。



そうして俺は待っている、のかもしれない。何かが大きく変わって、ただ2人になった時にそれでもお互いを選ぶ瞬間を。それとも、それが違うとすれば、彼にとって一番ふさわしいのは何処で、誰なのか。今は何一つ分からなくても、待っていれば何かが現れる。それまで俺たちはどこまでも孤独で、苦しく、耐えがたいこの世界を、何事もないように笑って生きていく。それは、それこそが偶像そのものであるかのように。


END

2013/02/26

海が月を孕んだ朝にぼくの美しい母は死にました





その日は何もかもが厭わしく、腹立たしく、惨めに見えた。車から建物に入る一瞬、全てを捨てて逃げてしまおうかとも思ったけれど、何処にも行く場所はなかったし、出来ることもないし、仕方なく目を瞑りながら観たいものだけを想像した。

僕は、僕の役目さえも果たせない。
人の振りを見て抱く悪意は全て自分の所為だと分かっているのに何もせず、感情を顔に表して周りを困らせる。ある人からは直接叱られ、ある人は見て見ぬふりをして、ある人は見下しながら僕を慰める。そうして僕はますます可哀想な子になっていく。どんどん落ちていく。音が聞こえる。体が空気を切って、急降下していく音。それはまるで体の中から聞こえるような低く、重い音だった。

家に帰ってきても、一人になれる訳じゃないのに、怖くて震えていた。あの落下音が耳から離れない。「若いから」と一括りにされた不安はじわじわと体の中に染み込んで初めは好きで迷い込んだ思考の中で溺れていた。いっそ本体も。そう思って浴槽に浸かった。

そこに彼が居た。「一緒にいてあげるよ」とここまでついてきた。彼は衣服を身に付けたまま浴槽の縁に腰掛けてボディーソープを詰め替えている。その毒々しい科学的な匂いと、溢れる泡を纏ったような人は何も話さず、黙々と作業を続ける。

僕は静かに目を瞑った。
想像の中の僕の前に現れたのは世界で一番知っている人。育ててくれた女の人。若い彼女はまだつかまり立ちしか出来ないような子供を抱いて、水に浸かっていた。神々しく輝く女性の顔は、泣いていて、それを見て僕も泣いていた。

「僕も子供だったから、あれが本当なのか妄想なのか分からないけれど、あの映像が見えるようになってから僕は落ちていく自分自身に気がついたんです」

依然、ボトルと泡と香りを抱えそこにいた彼に僕はそう言った。彼は何度か瞬きをした後、泡の付いたままの手を僕の頭に乗せて笑う。そうしてそのまま下に押されると当然僕は浴槽に沈んでいった。ぶくぶくと泡を吐き、溺れる僕は急降下していく時のように状況を受け入れるわけでも、客観視する訳でもない。ただ「死にたくない」と必死でもがいた。

「お前が夢見た場所には近づけた?」

彼は未だ浴槽の中の僕にそれだけ言うと、頭の上の手をどけて溺れる僕を救いあげた。そうして僕は自分の為にまた只管泣いた。その間、彼は僕の頭を撫でながら子供をあやすようにして笑う。僕はまだこんなにも子供で、なのに世界を知ってしまった。そして僕の中には総てを失うことを意味する想いが生まれている。

彼が---。




title by 月葬 

2013/02/22

BTD考察






西暦30XX年

その頃の地上には人間の姿はなく、あるのは朽ち果てた廃墟かもしくは砂漠の大地だ。
以前までその場所に居た動物たちはある病原体の恐るべき流行によりそのほとんどが消滅し、生き残ったものたちも隠れるように地下に潜った。
そこにもう希望はない。
まっさらで空虚な世界だった。

しかし、地下に潜ることも許されず、幸か不幸か病原体の脅威から逃れた人間たちが僅かに居た。
彼らはひっそりと、確実に生きながらえ、血が濃くなることを恐れながら生きていた。

ある日、地下人間たちの中で地上を調査しに行こうという話になり、完全防備の様相で地上に出てきた。
そこに生命などあるはずがない、と誰もが思っていた。
けれど、そこには彼らが居た。
地上で生き延びた彼らが居た。

地下人間たちは驚き、奇異の目で彼らを眺め、いつしか調査研究という名目で彼らを実験台にし始めた。
その頃には彼らと地下人間の間で共有できる文化や言語もなく、免疫の落ちた彼らには殆ど地下人間に抵抗する力はなく、言われるがまま体を破壊された。
一人、また一人と彼らは仲間を失っていく。
隔離と言う名で押し込められた地上の廃墟の中で彼らは生きているのに死んでいった。
そうして、二人が残された。

彼ら二人は、他のものと同じように何度も何度も実験にかけられ、その体は見えない部分から蝕まれている。
もう、お互いがお互いを認識できない程に。
そして生きている実感もない程に。
今の敵は誰で、自分たちが何処に居て、誰を傷つけて、自分自身が誰なのか、分かる術がない。
ただ二人はお互いのことを殴りつけ、痛みで意識を確かにさせた。
二人以外には見えないけれど彼らの目の前には敵が居て、それが彼らの中で作り上げられた虚構だということに気がつきもしない。
黒い服を着た帽子の男。
そうしてその男を倒すことだけど考えてまた殴り合う。
それがまるで本当に居る敵を倒すかのように。

ふと、気がついた二人は互いに肩を貸して歩いていた。
ただひたすらに出口を目指して。
傷つけられた脳も、殴られた体も、内側から腐った内臓も全てが痛い。
それでも彼らは歩く。
いつも一緒に過ごした仲間たちを探して。
居なくなってしまった仲間たちを探して。
窓の向こう、消えてしまったものたちの最後の姿を見つめている。

2013/02/06

刺青は色を入れる前に瘡蓋を作り溝を掘りそこに顔料を流し込みます


目を覚まして、布団から顔を出すと鼻先だけが冷えて痛い。これだから冬は嫌いなの、私がそう言うとじゃあ俺は好きだって。寒かったら抜け出すことさえ嫌になる。ずっとここに居るんだろうって。馬鹿じゃない、と体を全部出してしまえばやっぱり凍えるよう。腕だけが名残惜しく引かれる。「もう少し」昨日遅く帰ってきて、お酒とたばこと香水の臭いをさせていたのは誰よ。まだ眠いのだって自業自得でしょ。暖房に電源を入れて、電気ケトルに水を入れてセットする。これがいつもの私の仕事。部屋が暖まるまで、お湯が沸くまで、再び暖かなその場所に戻ると大きく開いた腕に迎えられる。痛々しい、けれど美しい、肩のタトゥー。「もう入れないの」「入れてもいいんだけど」彼が最後に入れたのは、あの人が死ぬ前。あの人がまだ生きて輝いて頃。私はまだよく知らなかった。ただの子供だったから。こつんと額を胸に当てて、大きく息を吸った。今私がここにいる。そろそろ忘れよう。なのに頭の中はそう簡単に分かってくれない。何も聞くことが出来なければ、あなたのことを全部受け入れることも出来ない。やっぱりまだ子供なのね。腕が背中に回る。苦しい。「見かけによらず、いつも悩んでるから」それが彼の悩みなんだと教えてくれた。この胸の中の黒い感情は消えることがあるのかしら。正面からあの人を見つめられるのかしら。「ねぇ」響いた音がお湯が沸いたと伝える。「愛してるのに」「苦しい」





2013/01/03

crocodile

いつもいつも僕はあの人をなんとか捕まえていようと、縋って、泣いて、叫んでいた。なんでなんでと繰り返して、声を枯らしても無駄だったことに気がついたのはたった今。



少し前、姿を消していた兄さんは街外れのごみ捨て場で気を失っているところを発見された。と言っても、抱き起こされるまでに多くの人がその前を通り過ぎて行ったらしい。けれど、誰も兄さんに手を差し伸べず、細身の体と綺麗な顔に性的興奮を覚えた男が家に連れて帰ろうと担いだ時に目が覚めた。そんなことを兄さんは言っていた。汚いその場に横たわる間も意識が途切れ途切れあって、また死ねないのかと落ち込んだと。

それが少し前のこと。家に帰っても満足に食べられないし、身体も充分に癒えないのはわかっていて、だからこそここに留まるつもりはないのだと、そう言った。

「兄さん、どこに行くの」
「薬局」
「だめだよ、行っちゃ」
「どうして」
「僕をまた置いて行ったら、死ぬよ」
「……死ねばいいよ」

どんな言葉も無駄だった。なんの意味もなかった。だから、僕が死んだところでまたそれもきっと無駄。全部無駄。全部全部全部全部全部。

そうしてある日、兄さんは帰ってきた。その前まで兄さんは病院いて、そこで左腕を切断し、更に右脚が腐りかけて、その汚い包帯を解けば骨が見えているのだと言う。にやけたその口からは「神様」とか「霊魂」とか「精霊」とかそんな戯言が無秩序に繰り返され訳がわからない。兄さんを連れてきたカルト教団の信者の一人は「神に救われるしかなかったのです」と講釈をたれる。それはつまりどういうことなの?

気づかない振りをしていたわけではない。ただ口に出す必要がなかっただけだ。僕ら兄弟には親は居ない。蒸発した父親を恨みながらも僕たちを育てた母親は一年くらい前に心臓発作で死んだ。その時、兄さんはまだ平気だった。ちゃんと働いて、貧しくても生きていた。おかしくなったのは、飼っていた猫が死んだ時。僕が間違ってた猫にネズミ駆除の薬入りのオートミールを食べさせたから。間違ってだったと思うけど、今はその頃のことをあまり思い出したくない。

貧しくて、貧しくて、生きていくのが辛くなった時、人間は命を軽薄に扱うようになる。ある人は宗教狂いになって人格を捨て、死ねと言われたら「自分は生贄なのだ」と強く信じて熱した油にも飛び込む。そして、ある人は兄さんのように快楽に逃げる。身体を削りながら溺れていく。

初めのうちはまだ良かった。それでもまだ法律で禁止されるようなポピュラーで得体の知れた物だったから。でもそれは仕事もしなくなった兄さんにはあまりに高く、それに溺れた身体には弱過ぎた。その頃、インターネットではあるひとつの物が話題になり始めた頃で、兄さんも人づてにその存在を知り、薬局へ向かった。目薬と胃腸薬とあとなんだったか。4種類くらいの医薬品とガソリンを混ぜて、熱して冷やせば出来上がる。それは高値で手が出なくなった物の10分の1の値段で3倍の効果が得られるまさに魔法の薬だった。流行り始めの頃はその効果と非合法性に誰もが食いついた、例えその中にガソリンが入っていても。だけど、強い効果にはあまりにも大きな代償がついてくる。脈の中に打ち込めればまだいい。問題は外してしまった時だ。他の物なら鬱血するだけでなんとかなる。でも新たに発見されたそれは違った。直接肉に注射するとその周辺の筋肉組織が崩壊していく。ぼろぼろに朽ちていく。その様子はまるで大きな鱗が剥がれていくようで、そのことからそれは「クロコダイル」と呼ばれるようになり、相当なジャンキーでも避ける物になった。

そんな曰く付きの物を手にするのは幼く稚拙な子供たちだけ。ここら辺に住む彼らには元々明るい未来などないから、誰よりも躊躇いなく安易な快楽に手を伸ばす。その中の一人が兄さんだった。

今、僕らは薄暗い廃墟同然の元マンションの一室に居る。床には誰が捨てたか、いつ捨てたのかもわからないゴミや注射器や薬の箱が散乱している。そこで兄さんはたまに唸り声を上げながら「悪人の居ない映画を作りたい」と現実を避け目を瞑る。所詮、声に出すのも憚られる妄想に過ぎないのだけれど。

「兄さん、起きて」
「ああ」
「もうそろそろお金を借りてた人たちが取り立てにくる。次に捕まったら殺される」
「……もういいよ、どうせ明日死ぬ」
「なんでわかるの」
「わかるよ」

兄さんは本当に神様と話をしているのかもしれないと僕は思うようになっていた。この頃「なんとなく」とか「そんな気がする」とかそんなことばかりだ。仕方ないから僕は汚いマットレスの上に横たわる兄さんの横に腰掛け、包帯でぐるぐる巻きにされた右脚に触れる。クロコダイルのせいで、痛いという感覚もしばらくはなかったらしい。だから肉が削がれていっても笑っていたと。そんな脚でどこに行けるのかとも思うけれど、最近でもたまにいなくなることがある。一晩とか一日とか。大抵その後に会って見ると手足は傷だらけで、きっと見えないところも同じようになっているか、それ以上なのだ。なにをしているか、そんなことはどうでもいい。それよりも、兄さんが僕の前から消えたくて仕方がないように見えて、それがなによりも僕の神経を逆なでした。

「兄さん、この右脚もなくなっちゃえばいいのにね」
「え?」
「僕がもらってあげるよ」

おもむろに近づいた顔と顔は躊躇なく一点で触れた。舌で割り入りながら掻き回すと同時に、手に持ったレンガを振り降ろす。当然のように中に入っていた舌は驚いた兄さんによって噛まれ血が流れた。けれどそれよりも、ほとんどすかすかの骨だけで残っていた脚は身体から切り離され、床にぽとりと落ちたことのほうが重要だ。

顔を引いて見つめた兄さんの目には涙が溜まっている。痛かったのかと一人で納得して血を纏った舌で涙を掬うと、それが染みてどうしようもない。

「猫が死んだ時、俺も死んだんだ」

兄さんが久しぶりに神様以外のことを話した。かと思えばなにを言っているかわからない。

「あの時お前が遠くに行ってしまう気がした。それと同時に俺はお前への異常な執着を知った」
「なにいってるの」
「狂っていた、もうずっと前から」

それからまた兄さんは神様についてしか話さなくなった。僕は痩せ細った兄さんを背負ってその廃墟を出る。兄さんはその背中の上で歌を歌う。古い古い異国の物語


ある晴れた日曜日のことさ
浜辺に死体が転がっていたのさ
角を曲がって消えた男が居たんだが
そいつがメッキーメッサって呼ばれるやつさ


いつのまにか兄さんはメッキーメッサを神様と呼ぶようになった。僕らを救う唯一の神様なのだと。でも彼はドイツの人だから、僕らの元に来てはくれないんだよ。ねぇ、兄さん。誰も僕らを助けてはくれないんだよ。






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2012/11/30

dead leaves


音が聴こえない。誰も居ない訳ではないのに、呼吸の音さえ聴こえない。体温を感じているのに音だけが聴こえない。

「どうしたの」

肺を汚されるように立ちこめる煙は何故今になって気になるのだろう。自分がそう望んだんじゃないか。そうしたいと思ってたんじゃないか。ここでこうしていることも。掌を白く汚すことも。総て。

一度めちゃくちゃになってしまってから、時折思い浮かべる。どうしてこんなことになってしまったのか。厳しく突き落とされるのにも慣れた筈なのに。あの時に気がついた現実は今も変わらない。苦しいのは敵が多いからじゃなく、俺に味方が居なかったから。一人の方が楽だった。

「近くにいるのに見えない時もあるんだ」

一人で居たほうが楽だったのに、いつの間にかこんな場所にいて、味方と言うには非力な人間はいつも隣に居る。急速に冷えた体を近づけて、少しでも感覚を尖らせる。また、何も聴こえなくなる。

「聴こえない」
「何が?」
「何も」

すると、急に相手が馬乗りになって俺に何か伝えようとする。聴こえない、見えないと投げ出してしまった俺に。

「ちゃんと見て、僕はここに居る。誰もお前を見てなくたって、僕がお前を見ている」

泣いていた。それまで溢れだす様子すらなかったのに。歪んだ世界の中にあいつが居て、あいつの声が聴こえていた。


2012/09/14

双子のはなし



僕は場所があれば何処でもしますよ。各地を点々としているのも楽しいですし、一所でだらだらと生活に似たものを送るのも嫌いじゃあありません。此処へ来たのも何となくで、いつ迄居るかなんて分かりません。たまに、追い出されてしまうこともあります。僕のやっていることが少し奇異だから。魔女と言われたこともありました。何でこんなことを続けるか。ゴウでしょうか。ああ、業です。こうしていることが普通であり、他のことが出来ないとも言いますけど。可笑しいですか?

じゃあ、いつも僕に話を聴きに来るあなたに、今日は僕からとっておきの話をしましょう。嘘だというならそれ迄。僕の子供の頃の話です。





僕は、双子でした。そうして、兄と僕は物心ついた頃には見世物小屋でこうして芸を披露して居ました。そうすること以外何も知らなかったので不思議に思うこともありません。ただ、生きることに懸命でした。


兄と僕はある人に育てられていましたが、彼が僕達にとって本当はどんな存在なのかは分かりません。父親かもしれないし、兄かもしれない。尋ねようとしなかったけれど、僕らは彼が愛する対象なのだということだけは知っていました。だから、それだけで良かったのかもしれません。


彼は兄と僕を「アル」と呼びました。そうです、二人とも「アル」でした。客に見せる芸も二人の違いがなければない程奇妙に感じるものでしたから、その呼び方に困ったことはありません。たまに、彼が僕らを呼ぶ時は不便ではないのかということを聞いて来る人がいますが、その答えは「いいえ」です。彼はいつも兄だけを見ていました。だから、彼が「アル」と呼ぶ時、それは兄のことであり、僕はただの付属物に過ぎない。それが僕の幼い頃の日常です。


彼は勿論兄を可愛がりました。やっていることは同じなのに、褒められるのは兄だけ。その笑顔を向けられるのも、抱きしめられるのも、総て僕ではありません。そうして、毎晩彼の部屋に呼ばれるのも兄でした。


僕は彼の部屋に入ったことがありません。覗いただけで背中を打たれ、痕が残ります。多分、僕は彼に必要とされたことがなかったのです。彼が待つ部屋に兄が入っていくと、いつもその部屋の前には香の薫りが漂ってきます。それは脳味噌まで溶かされてしまいそうな、そんな毒々しい薫りでした。それを胸いっぱいに吸い込んだらきっと窒息してしまうに違いありません。きっとずぶずぶと溺れてしまいます。それでも兄はその中に入って行きました。

暫くすると引っ切り無しに聞こえてくる音はきっと兄の声だったのでしょう。それは甘く、時に刺々しく僕の耳に突き刺さり、僕の身体もずくりと重くさせます。嗜めるようなそれでいて優しい彼の声は、どんなに求めても僕には与えられることのないものでした。正直に言います。僕は兄が羨ましかった。彼に愛される兄がいっそ殺してしまいたい程羨ましかったんです。


そうしてある日、兄は見せつける様に彼に与えられたネックレスを身につけて部屋から出てきました。きらきらと光るそれが僕をどれだけ苦しめたか、想像に難くないでしょう。いつも兄は僕に何も言いません。ただ優越を含んだ微笑みを浮かべて僕を見詰めるだけです。その頃から彼が居ては僕は一生劣等感から抜け出せないのだと思うようになりました。


それは、空が真っ暗な夜でした。夜中にふと起きてみると、隣に居る筈の兄が居ません。不思議に思って小屋の中にある粗末な作りの舞台まで行ってみると、そこには箱の中に体を曲げ入れる芸に取り組む兄が居ました。その瞬間、兄は彼に褒められる為、部屋に呼ばれる為に練習をしているのかという考えが僕の頭に巡り、その浅ましさに兄を軽蔑しました。もはや羨ましさなどはなく、兄の様になるのだけは嫌だという思いに駆られました。「ああ、嫌だ」と引き返そうとすると、ばたんと兄が居る箱の蓋が下り、鍵の部分が落ちた状態になって、内側からでは箱が開かないようにないっているのです。このままではいけないと箱に駆け寄ると中で呻く兄も僕に気がついたらしく、「はやく開けろ!愚図!」という声が聞こえます。そうです、僕は愚図でした。上手くすれば兄も僕も同時に彼に可愛がってもらえた筈なのに、そうならなかったのは僕が愚図だから。そして今、箱に鍵をかけて小屋に火をつけたのも僕が愚図だからです。本当に僕はどうしようもない人間でした。


暫くそうして僕が小屋の中で燃え盛る火を見詰めていると、そこに彼が飛び込んで来ました。僕を一瞥した彼は箱の中にいるのか兄だと確信し、羽織って居たコートで必死に火を消そうとしています。自分が中にいたら彼はどうしただろうと考えると笑いがこみ上げます。大声で笑う僕の声が響いていました。


火は消されました。想像よりも小屋自体は燃えることはなく、兄の入った箱だけが焦げ爛れて真っ黒です。そんなもの開かなければいいものを、彼はゆっくりと箱に手をのばしました。それ程までに彼が兄を慕う気持ちは僕にはわかりません。生きてもいないものはもはやただの物です。肉の焦げた臭い、それは牛や豚とは違う、確かに人間の焼けた臭いが部屋に広がりました。臭くて臭くて仕方がないのに、彼はその物体を抱くと獣の様に泣いていました。


僕は、ただ愛されたかっただけなのに。兄が居なくなれば僕が「アル」として愛される筈だったのに、総ては可笑しくなってしまった。再び燃やされた見世物小屋の中には兄だった物と彼だけが居ました。最後の最後まで僕は拒絶され、一緒に灰になることも許されなかった。小屋があった空き地に燃える火を僕は憎みました。苦しみだけを置き去りにしたあの火を只管に。





というのが僕の子供の頃の話です。あまり人には言わないんですけど、言うと大体笑われるか、馬鹿にするなと罵られます。若しくは「火が嫌いだ」と言ったじゃないかと、火を飲む芸を見せる僕を非難する人も居ます。そんなことを言われてもどうすることも出来ないのに、皆ちゃんと信じてくれてるんですね。


この話が真実なのか?さあ、どうでしょう。本当、かもしれませんよ。





2012/09/07

手首の夢




あの頃、私は天使だった。
何もなくただ広がる野の上で只管人間を探し、罰を与え、殺していた。純粋な正義心、この世の浄化が私の仕事。人間を狩ることに何の喜びも感じなければ、悲しさも感じない。けれど空しい。どれだけ殺しても報われない。世界はますます血で汚れていく。私はこんなにも精魂果たして仕事をしているというのに、人間たちは一向に変わらない。同じ人間であった私も自分自身を恥ず程に。


天使はもともと人間だ。子供は天使と人間の間の存在である。それが分かれるのは大体物心ついた頃。「明らかに自らは天使である」という思いに駆られ、次第に羽が生えてくる。白く、まだ小ぶりな羽でも、天使と人を分かつには十分だ。人間に対する圧倒的優位。人間に対する存在否定も容易に行われる。何故なら私は天使だから。それ以外に理由など要らなかった。


そうして、正義の鎌を振るうようになってからも私は迷いに苦しむことはなかった。両親は卑しくも人間だったので、すぐに殺すことを決めた。けれど、それは簡単なことではない。鞭で打ち、両手足を切り落としてから殺す。彼らはのたうち回ったが、自分たちの子供が天使なのだから仕方がない。最期は水に沈めた。手足がないからずぶずぶと落ちていく彼らを見て少しだけ泣いた。「天使でよかった」と彼らに感謝した。両親が受けるような仕打ちを受けないのも、私が天使であるからだ。それが嬉しくて少しだけ泣いた。


それから私は野に出でた。狩っても狩っても減らない人間を懸命に殺す。拷問には時間がかかるので、日に五人と殺せないが仕方ない。けれどその不甲斐なさには死にたくなった。


そんなある日、私は人間を二人捕まえた。私と同じくらいの年の少女たち。彼女らは私が何を言っても、何度鞭で打ってもその手は離さなかった。そのうちに一方が死んだ。それでも手は繋がったまま。生き残った方はと言えば、命乞いをすることもなく、切られた相手の手首を握っている。そんとき私は気がついた。彼女は天使になることが出来た人間だと。


「なんで天使にならなかったの?」

私には分からない。そこまで人間に拘る理由。

「なんとなく」

彼女が短く答えた。理由になっていない。

「人間なんて何が良い?無知で汚くて悪でしかない」
「そんなことないよ」


そう言って手首を撫でる彼女を見てはっとする。もしかしたら、私は何も言えない。ただ、頭の中には様々なことがめぐっている。彼女が正義と引き換えにした愚かさと何か。私の知らない何か。これまでもそしてこれからも、触れることはないそれは私の長い一生で求めても手に入れることが出来ないものがあるのだと感じさせた。暫くして、彼女も死んだ。だから私は何かについて考えるのを止めた。

2012/08/23

紙とペンの

今、こうしてペンを握ってあなたを待っています。ここに書かれているものだけがあなただから。それだけだから。以前の姿ではもう会えないのです。結構気に入っていたのに。これもまた生まれ変わりと言うのでしょうか。あなたとは、何なのでしょうか。体があって、意識があって、動き出すものがそれなのでしょうか。そうだとしたら、ここに居るあなたは誰なのでしょう。

今、私はあなたを感じています。あなたはここに居ます。それ。誰も否定することは出来ない。確かにここに居ました。だから大丈夫。もう平気です。また会いに来ます。紙とペンを用意してあなたを待っています。

2012/08/12

痣が、そう思った。
青、赤、紫、黄、茶、そのどれも目を惹くには充分で、ただその楽しみ方を考えあぐねていた。

ひとつは自らにそれを求めること。
ふたつめは誰かのそれを求めること。
みっつめはその写しを求めること。
よっつめはそれを与えること。
いつつめはそれを嬲ること。
むっつめはそれを嬲られること。

痣が、と夢にまで思うのに、自分がどれを選べば良いかわからない。今わかるのは視界に捉えただけで、自分を抑えることが出来なくなる程にそれを愛好しているということだけ。

ある人は転んだ証しとして、ある人はぶつけた証として、ある人は虐げられた証として、ある人は自戒として、何度も痛みを経験する。痛みを記憶し、触れることで再生する。そうして消えるその瞬間まで、じくじくと残る痣を、あれ程までに美しいものを、何故人は疎ましく思うのだろう。
そんなことをしても、和らぐ筈は無いのに。

美しく彩り、痛みを再生する。
痣が、こんなにも愛おしい。

2012/05/30

夢に対する考察①





「最近、夢に出てこなくなったんです」
「何がですか?」
「怪物です」
「怪物?」
「はい」
「悪魔などではなく怪物ですか?」
「はい。形は人間なんです。とても綺麗な人で」
「では何故それが怪物と分かったのですか?」
「その怪物は言葉を話すんです。そしてとても頭がいい。僕の中の暗いところを抉るんです、言葉で。絶対に触れてはこない。やめてくれと言ってもずっと語りかけてくる。僕のどこが可笑しくて、どこが狂っているかを。そして言うんです。“早く目を覚ませ”って」
「それは起きろということですか?」
「僕も何度も怪物に会っていたから、それが夢だと理解するようになっていて“僕だって目を覚ましたい”って言ったら“そうじゃない。気づけ”って」
「何をでしょう?」
「分かりません。その言葉の続きを聞く前に彼はいなくなってしまいました」
「何かがあったのですか?」
「...何も思い当たりません。ただ僕は見捨てられたのだと思いました」
「怪物に?」
「はい、そうです。彼は僕に何かを伝えようとしていました。それなのに僕は気がつけなかった」
「それは良いことだったのでは?」
「だったら何で...」
「何で?」
「僕はこんなにも彼に会いたいと思って、わざわざ精神科医を訪ねているのでしょうか?」
「怪物にまた会いたい?」
「はい。彼はとても美しくて、完璧で、彼の毒のある言葉総てが真実でした。毎晩、彼の言葉を聞いて安心していたのです。心から満たされていました」
「しかし、そもそも夢というのは浅い眠りの時に見るものです。決して充実などではない」
「分かっています。頭では分かっているんです。でも会いたい」
「では、本当のことを言っていただけませんか?」
「本当のこと?」
「そうです。いつまでもそうやって真実を隠したままでは私は答えを導き出すことはできません」
「嘘なのでしょうか?僕は夢で怪物に会っていないのでしょうか?」
「思い出して下さい。貴方の真実を」
「でも、僕は、彼を知っているんです。彼はいつで僕を馬鹿にして、冷たい言葉を浴びせかけた」
「それはきっと、ずっと貴方の近くにいて今はいない大切な」
「大切なんかじゃない。ずっと嫌いだった、本当に嫌いだった」
「嫌いだと憎むことは想うことに似ています」
「彼が夢に出てきた所為で、総てを食べられてしまった。僕の幸せな夢を、総て」
「...」
「でも、幸せでなくても、彼に会えるならどうでもよかった。目を覚ませと迫られても怖くはなかった。それが彼から想われている証拠のような気がしていたから」
「しかし、それは、」
「僕の夢です。結局全部が僕の夢の中。本当は想われてもいなければ、何の証拠にもならない」
「そこまで理解している貴方なら理由も分かる筈だ。夢に怪物が現れなくなった理由」
「夢に彼を蘇らせても、彼はいつも言うんです。“早く目を覚ませ。これはお前に都合のいい幻だ”って。僕はその時だけでも彼を自分のものにしたかった。なのに、正直な彼はそれすら許さなかった」
「だから、貴方自身で消したんですね」
「はい、そうです。僕には夢すら上手くいかない」
「ならば、貴方はどうしたいんです?」
「会いたい。彼に今すぐ会いたい。会って夢の中の怪物の話をして、僕の浅はかさを笑ってほしい」
「それが答えです」
「はい」
「今日もきっと夢を観るでしょう。もしかしたら彼が現れるかもしれない。でもそれは怪物などではなくその人自身です」
「悪夢ですね。会えるのに触れられない」
「それは貴方次第です。その時に一人でいるのか、隣に誰かがいるのか」
「会いたいです」
「はい」